全文を転載するに当たり、データベース管理上問題になる文字は近い文字に変換し、URLはリンクするように設定した。また、このドキュメントをどのように読むかは読者自身で判断して欲しい。また、2001年6月8日に親会社のAutomatic Media社が大半の従業員をレイオフしたため、1995年にスタートし、最古のWebzineと言われてきた「Suck.com」と「FeeD」が更新をストップした。理由は、金が無くなったから、とさばさばしている。Opt-in Newsは2001年6月9日に、電子雑誌を存続させるために調査した電子雑誌の進化論ともいえる、「'EZINE EVOLUTION Maturing ezine publishers offer a duel threat for email marketing」を発表した。詳細情報はURL(http://www.optinnews.com/news/showart.asp?DB=NewsTable&ID=443)で知ることができる。
Date: 14 Jun 2001 07:00:03 +0900
From: 首相官邸 (koizumi@mmz.kantei.go.jp)
Reply-To: koizumi@mmz.kantei.go.jp
Subject: 【小泉内閣メールマガジン 2001/06/14】小泉内閣メールマガジン創刊!
To: koizumi-ml-user@mmz.kantei.go.jp
小泉内閣メールマガジン ================================== 2001/06/14
解除はこちら http://www.kantei.go.jp/jp/m-magazine/
★☆ 小泉内閣メールマガジン、創刊! ☆★
--------------------------------------------------------------------
□ 目次
[らいおんはーと 〜 小泉総理のメッセージ]
● 24時間公人
[大臣のほんねとーく]
● 台所からの政治(扇国土交通大臣)
● 政治家・小泉純一郎のこと(塩川財務大臣)
[特別寄稿]
● 安全な社会の構築を願って(遠山文部科学大臣)
[小泉内閣の動き]
● 司法制度改革審議会意見書(01/06/12)
● 内閣総理大臣コメント[大阪教育大学教育学部附属池田小学校における
事件](01/06/08)
====================================================================
[らいおんはーと 〜 小泉総理のメッセージ]
● 24時間公人
らいおんはーとの小泉純一郎です。「小泉内閣メールマガジン」創刊第一号がやっとできました。このコーナーは、政策だけでなく、私の信念や素顔を語っていきます。皆さんのご質問にも答えていきます。楽しみにしていて下さい。
創刊前から、官邸ホームページのメールで、メルマガについてたくさんの励ましやアイデアをいただきました。ありがとうございます。多くの方から「総理になって変わったことは何ですか」と質問がありました。私の感想はなんといっても自由が全くなくなったこと。いわば、24時間かごの鳥ということです。
総理になる前は、一人でコンビニに行ったり、ふらっと自由に外出していました。今は、どこに行くにしても必ず護衛がつきます。多いときには何十人にもなることがあります。映画に行こうとすれば、席を幾つも予約しなくてはならないかもしれない。なかなか気軽に出歩くことはできません。
執務時間はたくさんの方々とお会いしたり、経済やITなどいろいろな会議で議論したり、そして国会の討論など、もちろん休む暇はありません。
総理というものは、24時間全て公人、何が起こってもすぐに対応できなければならないと思います。危機管理の面からもそれが大切。不自由なこともありますが、私は24時間、精一杯のことをやっていきますよ。応援して下さい。
--------------------------------------------------------------------
[大臣のほんねとーく]
● 台所からの政治(扇国土交通大臣)
今年の1月6日、国土交通省が発足し、私は初代の大臣に就任しました。
参議院の、しかも女の、さらには与党の自民党ではない連立の私のところへこの三重の壁をわざわざ乗り越えて、国土交通大臣の椅子がめぐってきました。
そもそも、昨年の7月4日に私が建設大臣に就任した時、国民の皆様は驚かれたことと思います。当時の建設省は、収賄問題が発覚した「どん底」の状態で、その中で大臣になることは、まさに「火中の栗を拾う」ようなものでした。
そういう時だからこそ、しがらみがなく、率直に政治に取り組んでいく私の姿勢を評価いただいたのではないかと思います。
大臣を受けた以上は、「二度と女は建設大臣にしない。」と言われたのでは後輩に申し訳ない。「初めて女が建設大臣をやったけれど、女がやってよかった」と言われるようなことをしたい。
その心意気が、丸投げ、談合、バラまき、ムダ使いと言われた公共工事を真に国民国家に役立つ公共工事にするための「公共事業の入札と契約に関する適正化法」の法案成立への全党賛成という形になって現れ、21世紀へのレールを敷くことができたのが、再任につながったと思います。
私のモットーは、「できることと、できないこと」をはっきりさせることです。自分を飾るよりも、ありのまま、自然体で、「正直に生きる」ということ、この心がけで何にでもぶつかっていこうと政治家になった時に決めました。
21世紀型の生活様式も変わり、例えば、みなさんが週末の過ごし方を考える時、金曜日の夜から香港に出かけて、土曜日は飲茶と夜景を楽しみ、日曜日はショッピング、帰りはETC(ノンストップ自動料金収受システム)で料金所も止まらず高速道路で空港へ向かい月曜朝には何食わぬ顔で出勤。そんなスマートな過ごし方、してみたいと思いませんか。
今年の2月16日から私がはじめた羽田空港からの深夜・早朝のチャーター便。予約開始からわずか15分で完売になりました。「羽田は国内線、成田は国際線」という不文律はいったい何だったのでしょう。
だれもがこんなにも羽田の国際化を求めていたのです。そばにある空港から自由に旅をしたい。当たり前のことです。そういう当たり前のことが当たり前でなかったのが、霞ヶ関の役人の世界であり、永田町の政治家の世界でした。
そのためにも、私は、21世紀の国土のグランドデザインを明らかにしたいと思っています。国際都市と呼ぶにふさわしい都市を全国にいくつ作るのか、新幹線は、高速道路は、いつまでに、どこまで整備するのか、そういったことを明らかにして、国民のみなさんが将来への明確なビジョンをもてるようにすること、それが国土交通省の使命だと考えています。
● 政治家・小泉純一郎のこと(塩川財務大臣)
私と小泉総理とは30数年来の朋友です。総理のご尊父の小泉純也先生は私が初当選の時(昭和42年)防衛庁長官をしておられ、私の後援会大会応援のために、河内長野市に来て貰ったことがあります。
ご尊父は、寡黙で怖そうな人でしたが、非常にやさしいところもありましたな。その純也先生が亡くなられて後継者の話で、福田赳夫先生が「純一郎君を呼び戻せ」ということになりましたんですが、その時、小泉総理は英国の大学で経済学の勉強をしており、学者になるつもりやなかったのかなと思います。
それが突如、政治家に転身せよと呼び戻されたわけですから、ご本人は容易ならぬ抵抗もしておりましたが、結局福田先生の説得とご尊父の周辺の方々に口説かれて、選挙に出馬することになりました。その当時のことを思うと、まさか総理大臣になるとは想像もできませんでしたな。
小泉総理は、福田先生の鞄持ちとして修行されておった時からまことに一刻な人で、自己主張の強い、しかも人が考えつかんような発想を口にするような言動が多かったと思います。それだけに福田先生も、「あれは必ず大物になる。もし失敗したら手に負えなくなるよ」とおっしゃっていました。
また、他人と安易に妥協することが嫌いで、しかも正義感の強い人でしたから、それが「変人」と見られるようなところもあったんやないかなと思います。言い出したら聞かん人ですから、付き合い、交際するのも難しいと言う人がありますけれども、私はそうは思いません。非常に義理を重んじ、気持ちは純粋な人ですから、交友は永く続く人であります。
今、総理大臣として大胆な改革に挑戦しています。戦後50数年、日本の社会・経済はソレ行けドンドンの右肩上がりで、モノ中心の精神文化に酔っとりましたが、21世紀に入ってその転換が求められており、思い切った改革が必要になるのは当然であります。
小泉内閣の誕生は、1979年英国でのサッチャー首相出現と酷似した政治ドラマだと思っています。タブーにメスを入れたというのは、ほんまに一刻な小泉純一郎やなぁ、と思います。
NHKで現在「その時歴史が動いた」という番組が放映されています。21世紀の冒頭、つまり、世紀の変わり目に、小泉総理で「その時歴史が動いた」ということになるんとちゃいますか。
--------------------------------------------------------------------
[特別寄稿]
● 安全な社会の構築を願って(遠山文部科学大臣)
6月8日午前に発生した大阪での児童等殺傷事件は、あまりにも痛ましく加害者に対して強い憤りを禁じ得ません。被害にあわれた皆さん、関係者の皆さんに、心より御冥福とお見舞いを申し上げます。
事件の第一報は、国会で教育改革関連3法案を審議している時にもたらされました。皮肉にも、学校教育への信頼を取り戻し、「学校を良くする、教育を変える」ことをめざした重要法案について、党派を超えた真剣な論議をしていた最中のことでした。それだけに、亡くなられた子どもの数が次々と増えていく報告を聞きながら、やり場のない悲しみと怒りを抑えることができませんでした。
第一報を受けて、岸田副大臣を本部長とする対策本部を設置するとともに担当者を現地に派遣するよう指示しました。午前の審議終了後、直ちに今後の対応を協議し、対策本部を開催、それが終わるとすぐに池坊大臣政務官に現地に行っていただきました。あわせて、心に深い傷を負った子どもたちの心のケアのため、大学から専門家を派遣しました。同時に、大臣談話を作成・発表するとともに、全国の関係機関に学校の安全管理の再点検を依頼するよう指示しました。
そこまでし終わって、なお、全く釈然としない思いにとらわれました。そこで、談話の最後を次のように結びました。
「最近大人社会において、残虐な事件が頻発している風潮がみられ、学校だけでは対応できない事態に鑑み、社会全体でこうした卑劣な行為を断じて許さないとの思いを共有していただきたいと、この機会に強く訴えたいと思います。」
その日の夕刻、小泉総理の呼びかけにより、村井国家公安委員長とともに事態の分析を行い、日本の社会を秩序ある安全な社会にするために英知を集めて対応するべきということについて、合意がなされました。その後の動向に期待したいと思っています。
日本はかつて、世界で最も安全な国として知られていました。1970年代初めにベストセラーとなったイザヤ・ベンダサン著『日本人とユダヤ人』でも日本人は安全と自由と水をタダだと思っている世界でも稀有な国民であると喝破されていたのを思い出します。それが今や到底「安全」とは言えなくなったことを憂えます。今回の不幸な事件を無駄にせず、正すべきは正し、また多少のコストはかかっても、市民が心安らかに生活できるような社会を作っていきたいものです。
--------------------------------------------------------------------
[小泉内閣の動き]
● 司法制度改革審議会意見書(01/06/12)
URL(http://www.kantei.go.jp/jp/sihouseido/report-dex.html)
6月12日開催の司法制度改革審議会最終報告書
● 内閣総理大臣コメント[大阪教育大学教育学部附属池田小学校における事件](01/06/08)
URL(http://www.kantei.go.jp/jp/koizumispeech/2001/0608comment.html)
池田小学校における事件に対する小泉総理大臣のコメント
--------------------------------------------------------------------
[あとがき]
「志定まれば、気盛んなり。」幕末の偉人、吉田松陰の言葉です。
進むべき改革の方向を示し、改革断行の決意をあらたにした小泉総理の心境にこの言葉はピッタリな気がします。総理の雰囲気は吉田松陰というよりもその弟子の高杉晋作といった感じですが、意志の強さという点ではとても似ている気がします。
長州人の私はどうしても比較する対象がこうした人々になってしまいますが、今回の「大臣のほんねとーく」は、河内の塩川大臣と神戸出身の扇大臣にご登場願いました。
塩川大臣の河内弁はその場を和やかにする不思議な力があり、「塩ジイ」として(スミマセン)若者にも人気があると言われています。何事もわかりやすく話をされる扇大臣の活躍はご承知のとおりです。記念すべき創刊号にふさわしいお二人にご登場いただけたのではないかと思います。
なお大阪教育大学教育学部附属池田小学校のいたましい事件に関し、遠山文部科学大臣から特別寄稿をいただきました。今回の事件で亡くなられたお子さまのご冥福をお祈りし、ご家族に心よりお悔やみを申し上げるとともに被害に遭われた方々、関係者の皆さんにお見舞い申し上げます。(晋)
====================================================================
[小泉内閣メールマガジン]
配信中止・配信先変更・バックナンバーの閲覧は、以下のホームページからご自身でお願いします。
URL(http://www.kantei.go.jp/jp/m-magazine/)
総編集長: 内閣総理大臣 小泉純一郎
編集長: 内閣官房副長官 安倍晋三
発行: 内閣官房 内閣広報室(〒100-8914 東京都千代田区永田町1-6-1)
国政に関するご意見・ご要望は以下のWebページからお願いします。
URL(http://www.kantei.go.jp/jp/m-magazine/iken.html)
転載を希望する場合は内閣広報室にご連絡下さい。
小泉首相の所信表明演説
小泉内閣
小泉内閣メールマガジンの紹介ページ
小泉内閣メールマガジンの創刊準備号2001年5月29日号
「Suck.com」の最終刊号
「FeeD」の最終刊号
1995年8月28日の「Suck.com」
Opt-in Newsが発表したEzineの存続と出版雑誌数
queen seasといわれたLusitania号
CUNARD社が掲載したLusitania号の宣伝
Lusitania号の宣伝のすぐ横に掲載されたドイツ大使館の注意書き
Lusitania号を撃沈したUボートの艦長Schwieger
Lusitania号沈没の悲劇を使ったポスター
Lusitania号のステレオ写真-1
Lusitania号のステレオ写真-2
Lusitania号のステレオ写真-3
1940年に発行された情報操作用の書籍Dokumente Polnischer Grausamkeitの表紙
1494年にJoh. Bergmannが出版したVerardus,Carolusのコロンブスの船
Verardus,Carolusにあった無防備の原住民を銃で脅すコロンブス軍
Verardus,Carolusにあった当時のスペイン軍の装備
情報操作に使われた1939年10月11日の新聞
情報操作に使われた1939年10月17日の新聞
プロパガンダに利用されたドイツのステレオグラム-1
プロパガンダに利用されたドイツのステレオグラム-2
プロパガンダに利用されたドイツのステレオグラム-3
プロパガンダに利用されたドイツのステレオグラム-4
プロパガンダに利用されたドイツのステレオグラム-5
プロパガンダに利用されたドイツのステレオグラム-6
プロパガンダに利用されたドイツのステレオグラム-7
プロパガンダに利用されたドイツのステレオグラム-8
プロパガンダに利用されたドイツのステレオグラム-9
プロパガンダに利用されたドイツのステレオグラム-10
プロパガンダに利用されたドイツのステレオグラム-11
プロパガンダに利用されたドイツのステレオグラム-12
プロパガンダに利用されたドイツのステレオグラム-13
プロパガンダに利用されたドイツのステレオグラム-14
プロパガンダに利用されたドイツのステレオグラム-15
プロパガンダに利用されたドイツのステレオグラム-16
プロパガンダに利用されたドイツのステレオグラム-17
プロパガンダに利用されたドイツのステレオグラム-18
プロパガンダに利用されたドイツのステレオグラム-19
プロパガンダに利用されたドイツのステレオグラム-20
プロパガンダに利用されたドイツのステレオグラム-21
プロパガンダに利用されたドイツのステレオグラム-22
プロパガンダに利用されたドイツのステレオグラム-23
プロパガンダに利用されたドイツのステレオグラム-24
プロパガンダに利用されたドイツのステレオグラム-25
プロパガンダに利用されたドイツのステレオグラム-26
プロパガンダに利用されたドイツのステレオグラム-27
プロパガンダに利用されたドイツのステレオグラム-28
プロパガンダに利用されたドイツのステレオグラム-29
プロパガンダに利用されたドイツのステレオグラム-30
プロパガンダに利用されたドイツのステレオグラム-31
プロパガンダに利用されたドイツのステレオグラム-32
プロパガンダに利用されたドイツのステレオグラム-33
プロパガンダに利用されたドイツのステレオグラム-34
プロパガンダに利用されたたドイツのステレオグラム-35
1936年のBerlin Olympicポスター
1925年のHerkules-Bierのポスター
John Heartfieldが制作した雑誌AIZ(Arbeiter-Illustrierte Zeitubg) 11表紙/Nr.34/21.Augst 1932
AIZ 11/Nr.46/13.Nov.1932
John Heartfieldが制作した雑誌AIZ 12/Nr.21/1.June 1933
John Heartfieldが制作した雑誌AIZ 13表紙/Nr.10/8.March 1934
John Heartfieldが制作した雑誌AIZ 13表紙/Nr.16/19.April 1934
John Heartfieldが制作した雑誌AIZ 13表紙/Nr.18/3.May 1934/
John Heartfieldが制作した雑誌AIZ 13表紙/Nr.26/28.June 1934
John Heartfieldが制作した雑誌AIZ 14表紙/Nr.51/19.Dec.1935
John Heartfieldが制作した雑誌VI(Volks Illustrierte) 1937/Nr.15表紙/14.April
John Heartfieldが制作した雑誌VI 1937/Nr.44表紙/3.Nov
John Heartfieldが制作した雑誌VI 1938/Nr.26表紙/29.June
John Heartfieldの顔写真
遠近を抱えてno.VII/富山県立近代美術館によって売却された作品。リトグラフ/シルクスクリーン(77×57cm)
遠近を抱えてno.VIII/富山県立近代美術館によって売却された作品。リトグラフ/シルクスクリーン(77×57cm)
遠近を抱えてno.IX 富山県立近代美術館によって売却された作品。リトグラフ/シルクスクリーン(77×57cm)
遠近を抱えてno.X/富山県立近代美術館によって売却された作品。リトグラフ/シルクスクリーン(77×57cm)
遠近を抱えてno.I/富山県立近代美術館が作者に寄贈要請しながら後に返却した作品。リトグラフ/シルクスクリーン(55×77cm)
遠近を抱えてno.II/富山県立近代美術館が作者に寄贈要請しながら後に返却した作品。リトグラフ/シルクスクリーン(55×77cm)
遠近を抱えてno.III/富山県立近代美術館が作者に寄贈要請しながら後に返却した作品。リトグラフ/シルクスクリーン(57×77cm)
遠近を抱えてno.IV/富山県立近代美術館が作者に寄贈要請しながら後に返却した作品。リトグラフ/シルクスクリーン(57×77cm)
遠近を抱えてno.V/富山県立近代美術館が作者に寄贈要請しながら後に返却した作品。リトグラフ/シルクスクリーン(77×57cm)
NATO加盟国
1925年に出版されたMein Kampfに掲載されたヒットラー(Adolf Hitler)
1944年9月19日に撮影されたヒットラー(Adolf Hitler)のレントゲン写真
Sigurd Muellerが分析したヒットラー(Werner Maser著:Adolf Hitlerより)
ヒットラーのサインの変化(Werner Maser著:Adolf Hitlerより)
国家公安委員会告示で定めたマーク18歳未満立入禁止のマーク
爆撃されたGrdelicka郊外にある鉄道橋-1
爆撃されたGrdelicka郊外にある鉄道橋-2
爆撃されたGrdelicka郊外にある鉄道橋-3
爆撃されたGrdelicka郊外にある鉄道橋-4
爆撃されたGrdelicka郊外にある鉄道橋-5
James Montgomery Flaggが描いたI Want You,1917
James Montgomery Flaggが描いたWake up,America,1918
James Montgomery Flaggが描いたBoys and Girls!You Can Help,1918
James Montgomery Flaggが描いたHold On To Uncle Sam's Insurance,1918
James Montgomery Flaggが描いたI Want You F.D.R. to Stay and Finish the Job!,1941
James Montgomery Flaggが描いたJap,You're Next!,1942
James Montgomery Flaggが描いたYou Can Lick Runaway Price,1944
James Montgomery Flaggが描いたWant Action? Join U.S. Marine Corps!1942
James Montgomery Flaggが描いたYour red Cross Needs You,1942
James Montgomery Flaggが描いたBackfire,1921
James Montgomery Flaggが描いたmoney and success are gone,1933
ジョークが好きなSAMおじさん
米国のサイバー取締に対する意識調査結果
A Brief History of the InternetのTimeline
B2Cのよる米国の1999〜2004年の歳入の流れ
国際的なB2Cによる1999〜2003年の増収予測
自己陶酔して演説するHitlerのGIFアニメーション
ナチスとナチズムを肯定し、ユダヤを否定するページ
米国のインターネットを使う子供と、使わない子供の比較
子供達がよく使うソフト
Project DIANのページ
シャーロック・ホームズ・シリーズの「バスカービルの犬」を盗作と報じたThe Sunday Times
西欧のインターネット状況
パソコンのボディを水槽にしたアクアリウム・コレクション
インターネット広告のカテゴリーとタイプ、歴史
1998〜2003年の電子メール広告の効果結果と予測
ロシアとヨーロッパのインターネット・ユーザーの伸び
米国における8〜12歳の子供とインターネット
藤村新一が関係した遺跡
米国のインターネット広告掲載タイプ要求と提供タイプの比較
ヨーロッパの2000年インターネット・ユーザー
アイルランドのインターネット・ユーザー
日本が対象外になった2000年の世界のインターネット・ユーザーとe-commerce
オークション・サイトを訪ねるユーザーの目的と動向
Harris Interectiveのインターネットと心理学調査
FBIが発表した2000年5月〜2001年2月のインターネット詐欺
アイルランドのインターネット事情
愛のコリーダ(in the Realm of the Senses)のビデオジャケットとDVDジャケット
「LIES/嘘」のポスター
「処刑人(THE BOONDOCK SAINTS)」のビデオジャケット
アイルランドのショップ
米国における人種別インターネット犯罪とその種類
Coca-Colaパラソルの下でたばこを吹かす米国兵士
1470年にニュールンベルグで制作された「知識の塔」
1548年にベルリンで制作された「法則の塔」
1500年頃に制作された鞭を持つ先生と8人の生徒
1592年に制作されたW.L.Schreiber Potsdamの教育現場
ロバに例えられた17世紀の教育
IFCCが2001年5月に発表したオークションのカテゴリーカタログ調査
2001年5月にCSISが発表したマイクロチップとスーパーコンピュータ
Privacy Foundationの雇用者による従業員のインターネット監視情報
PIALPの2001年2〜3月、米国のインターネット・ユーザー分析
米国同時多発テロで登場したa Special Patriotic(愛国心) Page
a Special Patriotic(愛国心) Pageに掲載された「涙を流す白頭鷲」
a Special Patriotic(愛国心) Pageに掲載された「WTCと天子」
a Special Patriotic(愛国心) Pageに掲載された「WTCとマリア」
a Special Patriotic(愛国心) Pageに掲載された「硫黄島占領とWTC」
a Special Patriotic(愛国心) Pageで流された音楽
GAOが2001年10月15日に公表した、新しい選挙方式導入資料
GAOが2001年10月15日に公表した、選挙方式と個人
GAOが2001年10月15日に公表した、選挙の標準化
GAOが2001年10月15日に公表した、2000年大統領選で数えられなかった票
米軍のアフガニスタン報復にも登場したUncle Sam
PIPのインター ネットを利用した学校とそうでない学校の比較調査報告
GAOが2003年1月23日に公開したハイウェイ管理開発税に関する統計調査報告書
米国国会図書館が公開した鉄砲を持つスペイン兵に立ち向かうインディオ
GAOが2003年5月8日に公開したハイウェイ建設管理支援に関する実験レポート
GAOが2003年5月14日に公開した、高速道路の安全確保計画レポート
米国の6都市で行われた小学校の比較について調査した報告書
Illustrirte Zeitung1847年3月6日号に掲載された列車事故防御服
Illustrirte Zeitung1849年5月26日に掲載された腕白小僧のしつけ風景
Illustrirte Zeitung1851年12月6日に掲載された汽車のブレーキ・テスト
Illustrirte Zeitung1851年12月6日に掲載された汽車の重量測量
Illustrirte Zeitung1851年12月6日に掲載された車輪間隔測量
Illustrirte Zeitung1851年12月16日に掲載された枕木テスト測量
Illustrirte Zeitung1851年12月6日に掲載された列車の昇降テスト
Illustrirte Zeitung1851年12月13日に掲載されたBavaria汽車
Illustrirte Zeitung1851年12月13日に掲載されたSeraing汽車
Illustrirte Zeitung1851年12月13日に掲載されたVindobona汽車
Illustrirte Zeitung1851年12月13日に掲載されたWieenerNeustadt汽車
Illustrirte Zeitung1851年12月20日に掲載されたドーバー海峡トンネル計画図
Illustrirte Zeitung1853年2月11日に掲載された列車暖房機
Illustrirte Zeitung1853年2月11日に掲載された列車暖房機温度表示器
Illustrirte Zeitung1856年3月8日に掲載された急行汽車
列車方向転換装置
Illustrirte Zeitung1856年6月14日に公開されたポツダム橋列車落下事故
Illustrirte Zeitung1856年9月13日に掲載された射撃練習風景
狙撃銃の解説
狙撃銃弾の解説